構造設計者は、シャイで前に出て話すことが得意ではないことが多い。構造設計室では、職位や年齢に関係なく、常にフラットに構造計画に対する提案や意見を意欲的に出すよう努めている。意欲的で競い合う集団となることで、より良い建築を生み出し、挑戦する構造となる。私たちは、そんな創造的な集団を目指している。
そんな中、福岡マリンメッセB館の実施設計において、建築主からマリンメッセテラス架構のデザイン再検討の依頼を受けた。これを良い機会と捉え、私(副部長)を含む主管、主査、新人の計4名で構造デザインの社内コンペティションを行うことにした。最優秀者は、本プロジェクトの実施設計を担当できる。
このコンペティションでは、建築からの「訪れた人がワクワクする祝祭性」や「柔軟な膜材の特性を活かした自由な形態表現」などのコンセプトと必要要件に対して、フラットに案を出し合った。各案に対して膜製作メーカーから施工性、経済性、法適合性の比較とアドバイスをもらいながら、デザイン性と構造合理性を追求した。最終的には、各自の案を建築担当者にプレゼンテーションし、2案に絞り込んで3D検証を行って決定した。
良いコンペティションだったと思う。私(副部長)が思わず1位になってしまったこと以外は。
福岡マリンメッセテラスに続いて、岡山県に建つ病院のエントランスキャノピーでも同様の試みを行った。さらに、昨年から1年目から12年目までの若手に対して、過去の作品(なでしこ芸術文化センター第二センターブリッジ)を用いた提案研修で創造性を創出するトレーニングを実施している。この提案研修の課題は翌年の新人研修にも取り入れ、インターンシップの学生にも同様の課題に対して社員と相談しながら取り組んでもらっている。学生には久米設計の活動を知ってもらうとともに、自身の就職活動で活用できる資料ともなる。
最新の提案研修では、東北地方に建つ中学校のメディアセンターの屋根架構の提案を研修課題とし、1年目から12年目までのメンバーによる1~3人のチームで提案を行った。 対象となるのは、学校の中心となるメディアセンターにかける三角形平面の屋根である。この屋根は光あふれる空間を作り出し、構造架構が表現されることで意匠的に大きな役割を果たす空間となる。提案する架構は、意匠的に優れているだけでなく、構造的に合理的かつ経済的であることが求められた。 研修では10作品のさまざまな提案がなされ、各チームがプレゼンテーションを行い、それぞれの提案に対するシニアエキスパートによる評価が行われた。
評価のポイントは、次の7項目とした。
・生徒が気に入るか(5点)
・開放的でデザイン性に優れているか(10点)
・快適性に優れているか(5点)
・経済性に優れているか(10 点)
・構造合理的か(20点)
・施工しやすいか(10点)
合計60点とし、合計点の多いものを最優秀とした。
Sさん(女性:1年目)
・課題が三角形の屋根だったため、多様な案が出てとても面白かった。
・意匠性と構造的合理性の両方を突き詰めるのは難しいと思った。
・グループでやることで設計する上で何を考えなければならないかがとても勉強になった。
Tさん(男性:1年目)
・チーム戦で先輩方の課題を読み解くスピードに驚いた。架構を設計する上で配慮すべきポイントがいろいろあることを知ることができた。
・架構で魅せる方法、構造合理性と景観的・意匠的合理性をマッチさせることの難しさを感じた。もっと深掘りしたいと感じた。
Mさん(女性:2年目)
・グループで取り組むことで、一人では気づけなかった考え方を学ぶことができた。
・発表もさまざまな考え方があって面白く、刺激になったと感じた。
Yさん(男性:2年目)
・伝え方をもっと改善すべきだった。空間に対してマッチしているか否かというフィードバックが個人的に大きかった。当たり前だが、工学的だけでなく建築的な観点からも良いデザインとなるように設計することを前提として考えなければいけないと感じた。
Uさん(男性:3年目)
・見せ方・プレゼンの仕方で印象が全然変わることを実感した。
Sさん(男性:4年目)
・グループワークに新鮮味を感じた。同世代でグループを組むと反発や意見の衝突もあり、盛り上がったように思う。
Hさん(男性:6年目)
・発想の仕方、成果物、プレゼンの仕方が各グループで異なっており、建築からのコメントも充実していて非常にためになった。
・構造のコメントも架構の合理性や建築的な視点など、さまざまな刺激を受けた。
Mさん(男性:6年目)
・チームで検討することで活発な議論ができたことがとても意味があったと思う。
Sさん(男性:11年目)
・チームは自分にない能力を補える、意見を出し合う練習になり良かった。
・この研修に求める内容が盛りだくさんですね(アイディア出し、構造設計、チームでまとめる力、プレゼン、コスト…)。
・三角形の特徴を読み込むことが難しかった。
”木”を構造体に使用した構造設計をしたいと日頃思っているメンバーでチームを結成した。チーム名は、名前の頭文字を無理やり引っ張ってきて”MOK(モク=木)”とした。若手にとって木構造の設計を行う機会は少ない。このような機会に木構造の設計を行うことは、実際に案件を設計する際の勘を養うのに良いと感じている。
提案研修なので、少し大胆な架構を考えるイメージでいくつか案を出しあったが、大きく「レシプロカル系」と「トラス系」の案が出た。「レシプロカル系」の方も奇抜で映える架構の案であったが、学校の共有空間に合う架構として、帆を張ったようなLVL板材を下弦材としたトラス架構による屋根を考えた。
トラス架構はスパンとトラスせいに相関があることから、三角形の平面形状に対して、1方向にトラスをかけると、材ごとにスパンが変わり、必要トラスせいも合わせて変わる。構造合理的な架構が、そのまま立体的なデザインになると考えた。立体的に折り重なった板材が大空間を包み込み、板材の隙間から日の光が間接的に降り注ぎ、暖かみのある空間を考えた。
木構造の設計をする上で接合部のディテールが重要と考えていたため、ディテールの検討も盛り込んだ。大空間架構において、施工性も重要な点であるため、ベントを設けないで施工できる架構とした。
3人で意見を出し合いながら、検討を分担し、短時間の中で密度の濃い提案とできたと感じている。
「生徒が気に入るか」
課題内容の説明後、評価ポイントの”生徒が気に入るか”が頭に残った。中学3年間は今となれば短い期間だが、多くの子供が思春期を迎えることもあり、様々な思い出や出会いにあふれる3年間であり私にとってもそうであった。そこで周辺地域に根付く文化や伝統、特産品などを架構のモチーフに取り入れることを第1に考え、「扇子梁」と「刀梁」と名付けた鉄骨梁を軸とした屋根架構を考案した。課題の肝である三角形平面の屋根に対しては平面幾何学の基本でもある”重心”に着目して梁部材を配置した。中学数学で学習する図形の公式・定理に基づいた規則で屋根面を構成することで各単元の理解を深められる生徒の学習の場を創出した。いくつもの相似三角形で構成される屋根面は面内剛性が高まり、水平ブレースを配置することなくリズミカルで軽快な大屋根を構成することができた。以上の計画によって、在学した生徒が母校に愛着と誇りを持ってもらえるような学び舎の形成ができたと感じている。
「いかに自分の納得できるものを作るか」
この課題に対して、若手は全員参加をすることになっている。研修当時、業務でかなり忙しかったので、忙しいときくらい免除してほしいと思う気持ちもあったが、実務においては時間のない中で提案を求められることもある。そういう意味でも今後よい作品をつくっていく上で重要な課題だとは理解しているので参加した。
はじめに三角形をどう活かすか考えた。できるだけスパンを抑えるために、各辺の中心を結んでいくような梁の掛け方も考えたが、三角形の特性を活かしきれていない気がした。なので、主となる梁の向きはそろえ、スパンの違いに合わせて梁成を変化させて空間を立体的に見せる方針とした。吹き抜け空間ということで平面だけでなく高さ方向の動線も発生する。立体的な屋根にすることで各方向からの見え方の違いを生み、光の取り入れ方にも結びつけることで最終的に立体を活かした提案にできたと思う。
研修ということもあり最初は奇抜なデザインにしようかと思ったが、時間もなかったのでシンプルで自分が納得できる作品にすることを目指してまとめきり、自分としては良い提案ができたと思う。課題をやった当時は大変だったけど、後から思えばやってよかったと思う。