第1種陸上競技場やJリーグ施設基準に準拠した約2万5千席の陸上兼サッカースタジアム。敷地は宇都宮市中心市街地から5km離れた住宅地にある栃木県総合運動公園。年間を通じて南北方向に吹く卓越風が特徴的な地域にある。
スタジアム建築において芝育成環境や快適な観戦・競技環境を実現する上で風(通風)は重要な要素となる。そこで「風との共生」を図り、風をフィールド側に必要な量だけ取り込みながら外周部は受け流し周辺への影響を最小化する理想的な形態を追及した。建物形状は芝育成環境と観客席の配置を最適化した屋根とスタンドを三次元形態の外郭で覆った有機的なデザインが特徴。天然芝育成に必要な日射量や通風、客席数やサイトライン、スタンド傾斜角などを、コンピュータによるパラメトリックデザインを行い意匠・構造・設備が一体となった最適なデザインを導き出した。
周辺環境に配慮したカタチ、ピッチ芝育成に適したカタチ、良好な競技・観戦環境をうむ“カタチ”、これら3つのカタチを融合し最適化することで“環境”をカタチにしたスタジアムを実現した。
天然芝のあるスタジアム建築において適正な芝生育環境(通風量、日照量)の確保が維持管理の面で課題となる。本スタジアムではこの課題に対し、地域特有の南北に吹く卓越風を活かす配置計画や屋根形状にすることで、必要な通風量や日照量を取り込む、自然エネルギーを最大限活用する計画とした。北北東から吹く卓越風を効率よく取り込むために、風下側の屋根が上空の風を「切り取る」ウインドキャッチ効果を狙った。切り取られた風は外周側へ閉じた断面形状に沿ってピッチ面に下降流として導かれ、全周が波打つ屋根形状によって緩やかな旋回流となる。
また周辺環境に対しても、凹凸を極力なくした流体系の形態により風をしなやかに受け流しやすくすることで建設前と変わらない周辺風環境を実現している。
設計段階から様々なコンピューターシミュレーションや実験などを重ね効果を丁寧に検証しながら最適な形態を追求した。
屋根は緩やかな曲面形態をアーチ効果として利用する6枚の“栃の葉”を重ねたイメージで配置したアーチトラスによる膜屋根。最大160mのアーチトラスをメイン、バックスタンドに3本ずつを交差させて配置。アーチ効果が期待できる限界のライズ設定として建物高さを抑えた。アーチトラスと屋根先端部のコンプレッションリングによる変形抑制(リング効果)により、屋根剛性を高めて水平ブレースを削減し屋根を軽量化。アーチトラスから放射状に作用するスラスト力はスタンド架構に伝達しスタンド周方向のリング状PCa梁で力学的に自己完結する形態とした。結果、屋根とスタンド架構が一体化した力学的にも合理的な構造となった。
66本ある上段スタンドにおける階段状の放射方向大梁(段梁)は、製作用型枠タイプをパラメトリックデザインによる合理化を図り(最大228タイプ→6タイプ)、型枠転用回数を高めて施工性・環境性の向上を図った。この段梁を、搬送可能なサイズで工場製作した4~14ピースのPCaブロック化をした。これらを現場ヤードで圧着して一体化すると、長さ約15~34m、重さ70t~230tの超大型部材になるが、超大型クローラークレーン(750tCC)で一括建方する「大ブロック化一括建方工法」を採用しスタンド支保工を不要にしている。
外周長約680mの大屋根鉄骨は、大型クローラークレーン(350tCC)で揚重できる限界の大きさでのユニット化を図った。地上で溶接、塗装、照明・音響設備、点検歩廊の取付けなどほぼすべての作業を終わらせてから建方をして、大屋根鉄骨を安全かつ精度よく組み立てた。
地組ユニット化によるダイナミックな建方工法の推進により、安全性や品質の向上、騒音低減、工期短縮(-5か月)を実現した。
2階レベルに内周コンコースと常時解放された外周コンコースの周回ダブルコンコースを整備した。周回の内周コンコースはアスリートなどの雨天時のランニングコースとしても利用可能となっている。外周コンコースは建設残土利用の緩やかな丘を擦り付け、園路とシームレスにつなぎ公園内のアクティビティを連続させた。眺望の良い外周コンコースや丘は、オープン後は日常的にジョギングなどの健康増進や居場所として地域住民を中心に積極的に利用されている。躍動感のある造形と市民の日常的なアクティビティがまちに表出した新たな風景の創出と地域の価値向上を図った。
写真家:エネックス写真事務所